福岡県柳川市矢留地区にある沖端水天宮の柳川沖端水天宮祭が2024年に開催されえます。今回は柳川沖端水天宮祭の最新の情報をまとめたので参考にしてください。
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【2024年】柳川沖端水天宮祭(2024年度の詳細情報は現時点で不明になっています。)
正式名 | 柳川沖端水天宮祭 |
開催地 | 沖端商店街(〒832-0066 福岡県柳川市稲荷町21) |
お問い合わせ電話番号 | 0944-77-8832 |
開催時間 | am9:00〜pm9:00 |
演出 | 舟舞台演劇:pm5:30~pm9:00 |
アクセス | 西鉄天神大牟田線西鉄柳川駅から西鉄バス早津江行きで12分、水天宮入口下車、徒歩4分(沖端水天宮) |
公式サイト | 柳川水天宮祭 |
福岡県柳川市矢留地区にある沖端水天宮では、2023年に柳川沖端水天宮祭が開催される予定です。この祭りは、毎年5月3日から5日までの3日間にわたって行われ、地元住民や観光客に愛されています。
柳川沖端水天宮祭は、伝統的な祭りです。この祭りは、沖端水天宮が鎮座する地域の豊かな自然と歴史的な文化を祀るとともに、海上安全や豊漁を祈願するために行われています。
祭りの期間中には、多くの屋台や露店が出店し、地元の美味しい食べ物や伝統工芸品が販売されます。
柳川沖端水天宮祭は、地元住民や観光客にとって、春の訪れを感じさせる重要なイベントの一つであり、多くの人々が訪れて盛り上がりを見せる祭りとして知られています。
タイムカード/イベントスケジュール
5月3日(2024年度は現時点で不明になっています。)
神輿
- 9:00 神事・魂入れ
- 12:00 巡行出発
- 16:00 神輿帰着
- 21:00 神殿へ収納
舟舞台
- 17:00 奉納舞台開始
- 21:00 終了
5月4日(2024年度は現時点で不明になっています。)
神輿
- 10:00 神輿出し
- 21:00 神殿へ収納
舟舞台
- 17:00 奉納舞台開始
- 21:00 終了
イベント
- 大道芸人おいかどいちろう氏 随時芸披露
5月5日(2024年度は現時点で不明になっています。)
神輿
- 10:00 神輿出し
- 21:00 神殿へ収納
舟舞台
- 17:00 奉納舞台開始
- 21:00 終了
イベント
- 15:00 演歌歌手 田口こうきさんミニコンサート
柳川沖端水天宮祭とは?
沖端水天宮は、明治2年(1869年)に久留米水天宮から勧請され、同地区内にあった稲荷神社と弥剣神社(祇園社)の3つの神社を合わせたものです。この神社は、地元では「水天宮さん」と呼ばれ、創建から約140年にわたり、地域の人々に信仰を寄せられてきました。祭りの期間中には、多くの人々が訪れ、豊かな自然や地域の文化を感じながら、神事やお祭りを楽しんでいます。
柳川沖端水天宮祭の見どころ
沖端水天宮祭りは、毎年5月3日から3日間、沖端の掘割一帯で開催されます。この祭りは、明治2年に久留米水天宮から勧請された沖端水天宮が主催し、地元では「水天宮さん」と呼ばれています。他の水天宮にはない舟舞台「三神丸」での囃子演奏が見どころのひとつで、2008年には40年ぶりに「三神丸」が新しくなり、200年以上前から演奏されているとされる囃子を東京で披露しました。
例年度落ち行けば祭りの3日目の午後1時からは、花火の合図とともに「御神幸行列」がスタートします。行列は水天宮から始まり、沖端地区を中心に27か所の宿を回ります。子どもたちや神官、楽人などが、五色旗や神額、太鼓、賽銭箱、御輿をかついで行列を形成し、約4時間かけて水天宮に戻ります。行列終了後の午後5時半からは、沖端水天宮祭りのメインである舟舞台「三神丸」での囃子演奏や出し物が始まります。
水天宮と6町内それぞれに奉納するため、舟が止まる場所や出し物を奉納する回数が決まっています。行進の方向によって「上り」、「下り」、「留まり」の3つの楽章があり、どの区間でも囃子に合わせて「ど~すこい、ど~すこい」との掛け声がかかります。
観光客にとっては、朝や日中は特に行事はありませんが、水天宮周辺の環状になったお堀に立ち並ぶ縁日の屋台を楽しんだり、沖端水天宮周辺を散策することができます。3日間の夕方から夜にかけては、演劇や囃子演奏などが開催され、大勢の参拝客がお守りを買ったり、囃子を見物したり、掘割沿いに並んだ露店を巡って楽しんでいます。
船舞台三神丸
舟舞台「三神丸」祭りの季節が近づいており、日曜日から3日間かけて、約30人の宮大工や青年が集まり、製作に取り組んでいます。舟舞台は、6つの小舟の上に杉の木を切り込んだ柱や梁などを釘を使用せずに順番に組み立てていきます。長さ17メートル、高さ6メートルの三神丸の中に、縦約5・5メートル、横約3・6メートルの舞台が完成します。最後に、青々とした杉の葉を船の周りに飾りつけて完成です。祭りが終わると、舞台は綺麗に取り壊され、再利用できるように倉庫に保管されます。新築の費用は600万円近くかかるとも言われています。
沖端水天宮由来と歴史
沖端水天宮は、明治2年(1869年)に久留米水天宮から勧請され、地元にあった稲荷神社、弥剣神社(祇園社)の3社を合祀してできました。地元では「水天宮さん」と呼ばれ、約140年の歴史を誇ります。
久留米水天宮は、平家没落後、建礼門院に仕えていた侍女伊勢局が、安徳天皇の御霊を鎮め祭ったものとされ、沖端は旧藩時代から長崎・天草との交流の港として栄え、文化経済の交流が盛んでした。そのため、祭りの形式は約200年前の文化年間(1804~1818)に祇園祭として奉納したことに始まり、古典的な囃子に異国情緒豊かなオランダ風の調子が交ざり合ったと言われています。
水天宮として合祀されてからは、3隻2列計6隻の船をつないだ舟舞台となり、「三神丸」と名付けられました。また、沖端の青年たちが御輿を担いで町内を回る「御神幸行列」も行われます。この御輿の下をくぐると無病息災を得られ、水難を逃れると言われています。
かつては沖端地区の6町が、毎年1町ずつ順番に世話方を行っていましたが、最近は世話方の人数が減少しているため、2町、3町の合同で運営しています。青年部は舟舞台や囃子を担当し、婦人部はおみくじの販売、総代などの「中老子」は、おふだやひょうたんの販売など、当番町全体で運営にあたります。
町内では、久留米水天宮から受けてきたひょうたんの形をした水難事故防止のお守り約2000個とお札などを各世帯で手分けして準備し、ひょうたんの中にお札を入れて栓をしたり、お札を折って糊付けしたりとすべて手作業で行います。その数は、全国の水天宮60数社の中で1、2の売り上げを誇ります。
柳川沖端水天宮祭の動画
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